病気にしない予防医学の時代にするしかない(114)
そういえば、私の子供の頃には55歳が定年だった記憶がある。大半がサラリーマンだったから、定年すると年金生活で悠々自適な老後なのだろう。隣近所にもそんなお爺さんがいたが、今思うと結構若かった。盆栽いじりをやったり、籠に小鳥を飼ったりして自慢していた。
「東京オリンピックの頃で平均寿命が60代だった」と渡辺先生は言う。
確かに国の簡易生命表では1964年頃の平均寿命は男性が67.67歳、女性が72.87歳だった。今からすると信じられないような短さだが、多く人が70歳の前後くらいまでしか生きていなかった。
ところが、平均寿命はこれ以降も伸び続ける。この年(1983年)には男性74.20歳、女性79.78歳になった。男女で6年以上伸びている。定年が55歳だったならば、それ以降の人生は20年くらいあることになる。これでは年金や医療のお金は膨らむばかりで、収支の帳尻が合わなくなる。
「ところでそのご隠居たちがもらっている年金を、誰が払っているか知っているかい」という。
普通に考えれば、自分で積み立てたお金に利子がついって戻って来ると思うので、自分がもらうのに決まっている。
ところが渡辺先生は違うという。我々が毎月給料から天引きされる社会保険料は年金と医療(今では介護も)などのことだが、年金は今もらっている人に使われる仕組みになっているという。
つまり今働いている人が定年でリタイアしたご隠居さんの面倒を見ていることになる。医療費は払っている人自身でも使うが、ご隠居さんの分もこちらで負担するのだという。
「じゃあ、盆栽いじりの爺の生活費(年金)はこっちの財布から出ているんですか」というと、そうだという。もちろん、やれ血圧だ、やれ腰が痛い、膝が痛いということで使う医療費もこちら持ちだそうだ。
「それじゃあ、やらずぼったくりですねェ」というと、そうではない。
今もらっている人は前の人に払っていた。だから今払っている人は、いずれ後の世代から払ってもらうことになっているのだそうだ。
「そうでしょうォ。いくら何でも、国が詐欺みたいなことするわけない」
しかしそこで問題が起きているという。つまりもらう方が増えて、負担する方が減ってくるという。
この頃、すでに国の統計で社会保障費を負担する現役世代(生産年齢)の数がいずれ減ることが予想されていた。それで国は以降定年の引き上げに動いていく。1986年の「高年齢者等の雇用安定等に関する法律」で、定年の引き上げと高齢者の雇用などを定め、定年を55歳から60歳にする努力目標を掲げている。1990年に60歳定年の義務化、2000年65歳を義務化へと進む。ところがさらに寿命伸びている。2017年には男性で81.09歳、女性で87.26歳で、女性では3年連続で世界第2位、男性では第3位となった。定年はいずれ70歳を超えて、年金支給は75歳以上の時代もあるといわれている。
「年寄りを健康でいつまで働けるようにするしかない。それには病気になった人を治すのではなく、病気にしない予防医学の時代にするしかない。そうだろう、木村君!」
これが渡辺先生の信念だ。
(ヘルスライフビジネス2019年1月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)