つかれず裁判の判決が最高裁で出ていた(96)

2024年7月2日

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「そんな事情もあって、46通知を出さざるを得ななかったということだろう」
そんな事情とは健康食品が世の中に出回り始めたことだ。飲み始めてだいぶ時間も経った。加藤さんは冷の方が美味いとか何とかいって、常温の酒を飲み始めた。

冷は燗より酔いが回る。しばらくすると手元が狂い、置いたグラスが倒れてカウンターに酒が広がった。避けるために、隣の客がカウンターから立ち上がった。

ヘリから酒が床にこぼれる。
「もったいない」といって手で拭って舐めた。店のおばさんが「ほらもう、そんなことしないで…」と布巾で拭く。隣に詫びを入れて、もう一杯冷を頼む。

「それを飲んだら出ましょうよ」というと、加藤さんは名残惜しそうな顔をする。頼んでいたクサヤが焼き上がって来た。それを口に運びながら、「そうそう。つかれず裁判が結審したよ」と加藤さんが言い出した。

「なんですか、それ」というと、「なんだ、知らないのか」と、上から目線だ。
「新聞記者なら知らないと恥かくよ」といって説明を始めた。なんでも「つかれず」というクエン酸の健康食品があるそうだ。これを高血圧、糖尿病、低血圧、リウマチなどに効くといって売った業者が薬事法違反で捕まった。

捕まって、お白州に引き出されると、業者はたいがい恐れ入りましたと観念して罪を認める。薬事法の刑罰は罰金と懲役の両方ある。罰金は50万円支払えば、それでお終いである(現在は個人が200万円、会社が200万円で計400万円)。記憶する限り、懲役刑で刑務所に入った人はいない。「もちろん前科が付くが…」と付け足す。

「この辺の経緯は上田さんが詳しいよ…」と加藤さんは言う。葛西博士も、渡辺先生も上田さんと会えという。どうもこの事件にかかわらず健康食品を巡る法規制を知るには上田寛平さんに会わなければならないようだ。

とにかく酔いがだいぶ回って来たので店を出ることになった。支払いは「私が払います」というと、加藤さんは「いやァ、それじゃぁ申し訳ないよ」と一応遠慮する。そこで「そうですか、それでは…」と真に受けようものなら不機嫌になるに決まっている。さすが古狸の加藤さんは財布を取り出して、お金を出すふりをする。

これはあくまでもふりである。だから、いくら待っても財布からお金が現れることはない。一方、こちらは原稿を執筆してもらっている。だから接待する立場にはある。ただし貧乏会社なので、領収書を持って行っても、よほどのことでもない限り払ってもらえない。この辺りの事情は加藤さんも薄々感付いているので、このやり取りになる。

この日はあいにく私の方がレジに近かった。立場と悪条件が重なって、「私がおごりますよ」となったわけだ。
その後、どうも記憶がマダラになる。しばらくすると、どうしたことか、新宿西口の思い出横丁の近くのロシア人の姉妹が経営する居酒屋のカウンターにいた。

隣には加藤さんがいて、グラスに入ったロシアの酒でウォッカをベースにしたお酒を飲んでいる。カウンターの中のロシア人の姉妹がいった。一人はトルストイの「戦争と平和」の主人公と同じナターシャという名前だったような気がする。ただしロシア革命から逃れて、日本に渡って来たのが本当ならば、年は70才を超えていないとおかしい。

確かにもうお婆さんの年齢に見えるから本当なのかもしれない。そういえば学生時代にお茶の水にもロシア人のおばさんが経営する小さなレストランがあった。そのおばさんも同じようなことを言っていた記憶がある。

とにかくその姉妹のロシアの民族服を着た姿はマトリョーシカというコケシ人形があるが、そのような感じに見えた。「ここへ来ると、東欧を旅していた時に飲んだ懐かしい酒があるんだよ」といって、ハーブの入った酒を私に勧めた。強い酒で、「ゆっくりやらないと酔うよ」というが、すでにこちらはかなり酔っていた。

そこの支払いは加藤さんがしたことは覚えている。だが、以降の記憶はない。

(ヘルスライフビジネス2018年2月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第97回は7月9日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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