新しい事務所を2人の顧問が訪ねてきた(97)

2024年7月9日

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春に展示会をやったことでお金が儲かった。それで、もう少し広い事務所に引っ越そうということになったようだ。場所は園田社長と編集長の二人で探している。確かに人も増えて事務所は手狭になっていた。

それまでの事務所は明治大学の裏側の猿楽町というところにあった。だいたいこの界隈は昔からの学生街で、その上、神保町も近く、なんとなく文化的な華やかな雰囲気があった。

ちょっと渋い映画を上演する岩波ホール、有名な三省堂書店、その隣から靖国通り沿いに続く古本屋街、その裏側のスズラン通りには中古楽器店や小さな書籍の取次店などが並ぶ。路地を入ると、放浪記の作家の林芙美子が通った居酒屋「兵六」、靖国通りの向いには美食家で知られた文芸評論家吉田健一が愛した洋食屋「ランチョン」などがあった。

編集長と岩澤君と3人で昼飯を食べているときに引っ越しの話になった。「どこへ移るんですか」というと、「まだ決まっていない」という。しかしいくつかの候補はあるようで、下見をしている最中らしい。それにしても以前事務所があった小川町方面ははどうも嫌だと思った。理由は古い建物が多く、なんとなく貧乏くさくて、暗い感じがすると言うと、「しかし園田さんはそちらの方がよさそうだヨ」という。

ちなみにツアーで米国に行ったときに園田さんの新しいあだ名を仕入れてきた。「ファットマン」である。スーパーヒーローのアニメでテレビ放映されたことがある「バットマン」に似ているの気に入った。しかしファット(fat)とは脂肪のことである。マンは人のことだから、日本語にすると「太った人」、「デブ」ということになる。

ちなみに日本に落とされた原爆もこの名前で呼ばれていたようで驚いた。確かに写真で見ると、園田さんの体形に似ていて、ずんぐりむっくりの太った男を思わせる。ただしその太った腹の中身はだいぶ違う。園田さんのお腹のなかは長年の食べ過ぎで蓄積された脂肪ばかりだ。

もちろんファットマンというのは秘かにいう悪口である。しかしなぜ肥っているかというと、いっぱい食べるからだ。しかしそれだけではない。歩きたがらないのである。園田さんから運動したという話は、ついぞ聞いたことがない。一緒に歩くと、ひどく太った人の常で、よたよたというか、とぼとぼというか、とにかくゆっくり歩く。そしてすぐに息が弾む。

こんな風だから会社に通う駅は近いほうがいいに決まっている。そして長年の貧乏経営のせいか、お金がかからないことを好む。それで事務所選びはこの2つの条件が決め手になる。つまり近くて安いことが必須条件なというわけだ。

そこでどの駅の近くにビルを選ぶかというと、それぞれが住んでいる場所と通勤に使う交通機関が影響する。園田さんの住まいは大宮で、編集長は越谷、岩澤君はど田舎の松伏だ。

この3人に共通しているのは、住まいが埼玉県にあり常磐線経由で千代田線を利用していることだ。千代田線つながりの人は他にもいた。川原田さんである。東京足立区の西新井なので、彼女も千代田線を使う。千葉県民の葛西博士と東京の多摩地区の私だけが千代田線を使わない。お茶の水近辺ならば、千代田線の新御茶ノ水駅が打って付けということになる。これでは4対2で、所詮多勢に無勢だ。

しばらくすると、思った通りの結果になった。新たな事務所は新御茶ノ水駅近くの駿河台にある貧乏くさい界隈の5階建てのビルの2階に決まった。

ところが、引っ越してみると意外にちゃんとしたオフィスビルで、以前の事務所とは雲泥の差だった。

しばらくスポンサーなど企業の人が次々と訪れたたが、一段落した頃に渡辺正雄と上田寛平の2人の顧問の先生が連れ立ってやってきた。

「いい事務所だわねェ」と渡辺先生がいう。会議室の椅子に腰かけると、上田さんの方を見て、「この辺りは懐かしい場所でしょう」という。

すると寛平先生がされたお茶を飲みながら、「いや昔の面影はほとんどないな」といい出した。聞くと上田先生は中央大学で法律を勉強したらしい。だから薬事法に詳しいのかと合点した。

(ヘルスライフビジネス2018年4月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第98回は7月16日(火)更新予定(毎週火曜日更新)