『ビタミンバイブル』発刊で米国のブームが上陸(101)
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数日経って加藤さんに電話した。取材のためだが、そのついでに例の話を聞いてみた。中村さんから聞いたジャーナリストの一件である。
「いや、別に当てがあるわけじゃあないんだけど。だけどもう40歳だからね」という。人生の半分以上を生活のために働いてきた。残りの人生を業界団体の事務局員で終わりたくないということらしい。分からなくもないが、区切り区切りにそんなことを思いながら生きて、気が付けば定年を迎えるというのが、普通のサラリーマンの人生かもしれない。加藤さんもそういう時期なんだということでこの話は終わった。
しかし翌年になってまたこの話が息を吹き返すとはこのときは思っていなかった。
「ところで、あれ読んだ」と加藤さんの話は変わった。「あれ」とは、最近発刊されたアール・ミンデル博士の著作『ビタミンバイブル』のことである。12月に入って出版社の小学館から出版され、マスコミで話題になっていた。
というのも、この本がベストセラーになって、米国のビタミンブームの火が付いたといわれているかららしい。しかも翻訳者が丸元淑生だという。この年の6月に男の料理ブームの火付け役となった『システム料理学』を出して一躍人気作家となった。
「マスコミなのにそんなことも知らないの」とマスコミ志願者に一本取られた。
それで編集部に帰って聞いてみた。しかし編集長は聞いたことがないというし、葛西博士も同じだった。彼らが知らない以上、岩澤君や宇賀神さんが知るわけがない。
ただし、我々はアデル・デービスの「レッツ・ゲット・ウエル」という本は知っていた。その頃、米国では健康に関心ある人や業界関係者の間でも広く読まれていた。我々の師である渡辺正雄先生もよくこの本のことを話した。しかも、この頃にはこの本の翻訳を始めていたようだった。そして1984年に渡辺正雄訳で「健康家族新書」というタイトルで出版されることになる。
この本の著者のデイビスは数万人の栄養療法の臨床を通して、4冊の本書き上げている。これらがトータルで約1000万部を売り上げた。だから第2次世界大戦後では米国で最も有名な栄養士といわれていた。
「レッツ・ゲット・ウエル」はその中の1冊で、当然のことながら米国でベストセラーになっていた。私の編集部で主催した米国市場視察ツアーでも、訪ねたナチュラルフーズの店の店主がこの本を用意して待っていた。確かペーパーバックスだった記憶があるが、せっかく頂いたが、私の語学力では英語の本を1冊丸ごと読むことはできなかった。
とにかく米国で「ビタミンバイブル」本がビタミンブームを起こしたという話は知らなかったが、本のおかげで日本にビタミンブームが到来した。瓢箪から駒というのはこのことかもしれない。出版された頃から、やたらにマスコミが“ビタミンブーム”、“健康食品ブーム”ということを言い出した。翌年になると、それが店頭にも飛び火した。
その年、西武百貨店が池袋の本店の地下1階にバイタミンコーナーをオープンしたのだ。それからというもの、テレビのニュースや新聞、雑誌の記事で健康食品が取り上げられる度に、バイタミンコーナーの映像や写真が使われた。
この時期の西武流通グループには勢いがあった。すでにイラストレーターの山口はるみのパルコのポスターが知られ、西武はモノを売るというよりも文化を売るというイメージが定着していた。その西武が健康食品を始めたのだ。世の中変わるという期待感を誰もが抱いた。以降、バイタミンコーナー詣でが始まった。「バイタミンコーナー、行った?」というのが合言葉になった。
とある日曜日の夕方、テレビのニュースを見ていたら、最近の健康食品ブームを特集していた。見ていると、その西武のバイタミンコーナーが大写しになっていた。するとメインの棚に「ビタミンバイブル」の本がズラリと並べられている。その脇に米国で売られているようなビタミンのサプリメントが並んでいた。そのデザインはどこかで見た覚えがあった。
「あ! オルトの商品だ!」と私は思わず呟いた。
(ヘルスライフビジネス2018年6月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)