西武のすべては堤清二につながっている(103)

2024年8月20日

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百貨店の担当者に取材した。小笠原という男だった。身体は大柄でやや斜視だった。もとは東京都の研究所にいたらしいが、どういう経緯でセゾンループに来たのか分からない。

大学では瞑眩反応を研究していたという。瞑眩反応とは東洋医学の漢方や鍼灸で使われる言葉だ。患者を治療すると最初に溜まっていた老廃物が体外に出る。それで眠気やけだるさ、さらに発熱や下痢などの症状が出ることをいう。しかし、その後快方に向かうことから、好転反応とも呼ばれる。

健康食品の世界でも摂取した後に悪い症状が出ると、瞑眩反応という言葉をよく使っていた。アレルギーなどの副作用の場合もあるので、問題のある言い方だと思っていたが、これを研究していたというから、変わり者に違いない。

「そうさ、だからこんな仕事をしているんだよ」という。なるほどと思ったが、彼がバイタミンコーナーの直接的な仕掛人だったことは間違いない。何度か取材に行くうちに親しくなった。

「酒でも飲むか」ということになり、新宿で待ち合わせした。駅周辺で飲むのかというと思いきや、歌舞伎町方面に向かって歩き出した。さらにコマ劇場の脇を通って、大久保病院を突っ切り、歌舞伎町の裏に出た。駅で言うと山手線の外回りで、新宿の次は新大久保である。このちょうど境目辺りを職安通りが走っている。これを渡って大久保のエリアに入った。もう少し線路寄りはラブホが多い怪しい界隈だが、小笠原さんと入った店のある辺りはまともな住宅地だった。その一軒の古い民家が韓国料理の店になっていた。

「こういう店もいいだろう」と、やや自慢げにいう。おれはこんな店も知っているんだと言いたいのだろう。私と言えば、韓国料理というと焼肉屋しか知らなかった。中に入ると日本家屋だが、障子などが取っ払われていて、意外に広々としている。その座敷に座り机が所々においてある。その一つに座ると、店員と親し気に話している。常連らしい。

「マッコリ飲む」と私に聞く。初めて聞く名前でなんだか分からない。「それなんですか」というと、なんだ、知らないのかといった風で、「いわば韓国のどぶろくだな」という。「じゃア、それで…」というと、甕に入ったマッコリが運ばれてきた。つまみは何を取ったか覚えていないが、上等な骨付きカルビの焼肉とチジミというのを食べた記憶は残っている。

ヒシャクのようなもので甕から白い茶碗に乳白色のマッコリを注ぐ。口に運ぶと、ヨーグルトのような味と酸味が口の中に広がった。これは行けると思って、ぐいっと飲み干した。2杯目を注ぐと、「口当たりが良いから、つい飲み過ぎる」、それで飲み過ぎると足を取られるという。「おねえちゃんを口説くときには打って付けだ」とニヤニヤしている。

酔いが回って来た頃に仕事の話になった。

「あれは誰の思い付きなんですか」と聞くと、堤さんの発案だという。堤さんとはセゾングループの総帥の堤清二社長のことらしい。この頃、西武鉄道の堤義明、西武百貨店や西友などのセゾングループの堤義明と言ったらカリスマ経営者として知れ渡っていた。

なかでもこの年、西武百貨店は糸井重里のキャッチコピーの「おいしい生活」でイメージを一新していた。その総帥が百貨店の中のあんな小さなコーナーをわざわざ提案するわけはないと思う反面、米国のビタミンブームを先取りしたバイタミンはその路線に沿った企画かも知れないとも思う。だとすると、まんざら嘘でもなさそうに思えてきた。

それにしても百貨店でもスーパーマーケットでも西武の社員に会うと、堤社長の名前がよく出て来る。そしておそらく年に一度か二度くらいしか会えない人をさも親し気に語る彼らをなんとなく羨ましいと思った。

とにかく、西武のすべては堤清二につながっていて、小笠原さんも、バイタミンコーナーも堤さんにつながっているというわけだ。池袋店以外にも出す予定はあるのかと聞いたが、「ない」という。つまり話題になれば初期の目的は達するというわけか。

「そうでもないが、まだ先のことは分からないということだ」という。

(ヘルスライフビジネス2018年7月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第104回は8月27日(火)更新予定(毎週火曜日更新)