期待した46通知の改定は“ゼロ回答”だった(109)
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とにかくそれからというもの、ちょくちょく早稲田の上田さんの家に行くようになった。
ドアを開けると、背を向けてちゃぶ台の前に座り、資料を調べている。私との打ち合わせの日は、たいてい作業を始めていた。「おう!」の一言で、見向きもしない。
こちらも台所で勝手にお茶を入れて、買ってきた饅頭と一緒にちゃぶ台に運ぶ。もちろん上田さんの分もである。なんだか勝手知ったる他人の家のようになってきた。一口飲むと、「それじゃぁ始めようか」と上田さんが言ってその日の作業が始まる。しかし私にとっては毎回講義を受けているような時間だった。
「食効については業界の要望書があるんだ」と、机の上にコピーを広げた。当時、唯一の業界団体だった全日本自然食品協会が厚生省に提出した要望書だった。
「それまで何度も46通知の問題点が国会で取り上げられていた」
例の丸谷金保参議院議員が、昭和53年以来歴代の厚生大臣に46通知が時代に合わなくなっているとして抜本的な見直しを迫っていた。ちなみに大臣の名前を上げると、橋本龍太郎、渡辺美智雄、野呂恭一、園田直、森下元晴などだ。
橋本は後の総理大臣であり、渡辺は副総理になった人だ。これだけ何度も国会で取り上げられると、いつまでも知らぬ顔を続けることが出来なくなった。そして厚生省の薬務局長から是正・改正の約束を取り付けることになる。業界団体の要望書は絶妙のタイミングで薬事法を管轄している厚生省の薬務局の持永和見局長宛に出されている。
「国会で見直すといったんだから、こんな風に見直してくれというわけだ」2年前の昭和56年11月に要望書が提出された。
これによると、以下のように要望している。
食効による予防・治療の効果は重要であるのにも関わらず、薬効があまりに広く解釈されている。このため食品の領域の表現が著しく犯されている。だから医薬品の効果の対象となっている「疾病」を胃がんや肝臓病、リウマチなど特定な疾病に限定する。また単なる二日酔い、軽い便秘や下痢・貧血、高めの高血圧などは「疾病」の対象から除く。用法用量は医薬品の専売特許ではないとして、食品にも認めるべきで、形態・形状についても食品の範囲を狭めないようにする。さらに、医薬品の定義に「食品を除く」が付いていることを前提として、食品にもこうした効果があるので、食品の効果を大幅に認める。
今年の4月に厚生省薬務局から「一部改正」として回答が出た。改定は微々たるものだった。46通知では従来から医薬品に該当しない範囲を以下のように明らかにしている。
「野菜・果物・菓子・調理品等、その外観・形状等より見て明らかに食品と認識されているもの、および栄養改善法(現在の健康増進法)に基づき許可を受けた表示内容を表示する特殊栄養食品は、基準の判定表による判定を待つまでもなく医薬品に該当しないものである、ことを明確化したこと」
これがその文面だが、以前は「本判定は適用しない」としていたものを、「該当しない」に変えただけだ。そして医薬品にした使用出来ない「専ら医薬品」とされてきた「カミツレ」や「カノコソウ」を食品としても使える「主として医薬品」という範囲に変えただけのいわば“ゼロ回答”だった。
「舐めてるよなァ」と上田さんは意気込む。厚生省が舐めている相手は業界団体だけでなく、国会であり、丸谷議員であり、厚生大臣でもあった。この頃は役人がやたらに強い時代だった。「大臣は1,2年で変わる」という役人の言葉をどこかで聞いたことがある。この言葉の裏には「だけど我々は永遠だ」とでも言わんばかりの自負心が透けて見える。国家とは我々のことだと思い上がっていたのだろう。今は官邸がそう見えるが。
(ヘルスライフビジネス2018年10月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)