高齢者の増加で社会保障費が10年で8倍になった(112)

2024年10月22日

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思い出す度に恥ずかしいと思うことは、たいがい誰にもあるものだ。そして私にとってはその時のことを思い出す。

「木村君、社会保障制度って知っているかい」と渡辺先生に聞かれた。実はほとんど知らなかった。それで口から出まかせに「失業保険とか生活保護とかですか」と答えた。すると「新聞を読んでいないな」と厳しい口調でいわれた。折に触れて、渡辺先生からは新聞を読むようにいわれていた。というのも健康に関連した記事が載るからだ。

「新聞記者が新聞を読まないようでは仕事にならない」と何度も言われた。確かにその時はそう思う。しかしじっくりと読む時間などないのだ。

朝はぎりぎりまで寝ている。朝食も摂らないまま、走って駅に行き、売店で牛乳を飲み干し、新聞を買う。電車に飛び乗るが、車内はメチャメチャ混んでいる。小さく折り畳んでもほとんど読めない。押されてガラスに手をかけることになれば、乗り換えの駅まで35分間はその姿勢のままだ。

高田馬場の駅から地下鉄東西線に乗り継ぐ。そのホームはこぼれ落ちそうなくらい人が溢れている。ぎゅーと押されて車内に入ると、カバンを持ったまま直立不動の姿勢だ。ということで会社に付くと、一日の仕事の大半が終わったようにドッと疲れる。

ところが会社で新聞などを読んで居ようものなら、早く仕事に行けとどやしつけられる。それで取材に行くときの電車の中か、昼飯時に読むことになる。しかしそれでなくとも昼飯は短時間で済ませなくてはならない。早飯で新聞を読んでいると、胃の調子が悪くなる。

それで関心のある記事だけを拾い読みをするが、それが出来ればまだましなほうだ。読まないうちに夜を迎えると、夜はどうしてもお酒がはいる。酔って家に帰ればそれまでだ。朝目が覚めたら、もう古新聞だ。言い訳じみるが、そういうこともあって、就職試験の一般常識のようなことが分からないことになる。

ところが怒られたと思った先生は、意外にも笑みを浮かべている。お灸を据えただけなのだろうかもしれない。

「確かに失業保険もそうだが、それはほんの一部だ」と語りだした。何を語ったかというと社会保障のことだ。渡辺先生によると日本の社会保障の費用の大半は年金、医療に割かれていた。1980年(昭和55年)では社会保障費の総額は28兆円だった。国民所得の総額が203兆9000億円

だから、12.15%を占める。この中で年金が10兆5000億円、医療費が10兆7000億円で、この2つで社会保障費の85.5%と大半を占めていた。

「この10年間で大きく変わった」のだそうだ。

1970年(昭和45年)には社会保障費の総額は3兆5000億円だった。わずか10年で8倍に膨れ上がったことになる。この間、国民所得が61兆円から203兆9000億円に増えたが3倍程度だ。ところが社会保障費はなんと8倍になったのだ。

「老人の人口が増えたからだよ」

確かに1970年には高齢者の人口に占める割合は7.1%に過ぎなったが、10年後には9.1%と2%増えている。つまり65歳以上の高齢者は733万人から1065万人となり、なんと332万人も増えたのだ。その後も増え続け、2015年には高齢者は3300万人を上回り、人口の26.8%になっている。今や4人に1人を超える老人大国になった。

いずれはそうなるという声も以前から聞かれたが、オイルショックで高度成長が終わりを告げた頃、まだ世の中は余韻の中にいた。高齢化社会は1970年代から始まていたが、遠い将来のような気がしていた。

(ヘルスライフビジネス2018年12月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第113回は10月29日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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