「てめえら人間じゃねえや」の名台詞を思い出す(116)
バックナンバーはこちら
「それで今村光一の本になるわけですね」というと、渡辺正雄は二コリとほほ笑んで、「そうなんだよ」という。
今村光一というと以前も紹介したが、「今の食生活では早死にする」のタイトルで出版されたマクガバンレポート(MWレポート)の抄訳で一躍脚光を浴びたジャーナリストだ。現代病は食事が原因で起きるDietary Relatited Diseaseだという。直訳すると食事関連病ということになるが、今村はこれを”食源病”と訳した。
そういえば、食事で起こった病気は食事を正さないと治せないと口癖のように言っていた。ただし、「治せないというより、予防できないということだ」と渡辺先生は言い換えた。
というのも成人病(生活習慣病)は局所老化病で、例えばがんでもそうだが、その局所が早期に老化する病で、一度老化した組織は元には戻らない。だからそうなる前に予防するしかないのだ。この予防する方法は食事だということを指摘したのが、マクガバンレポートだという。渡辺先生の言うことはごく当然のことだが、今村は「治せる」と本気で思っていた。
後のことになるが、ゲルソン博士のがんの栄養療法を日本に紹介したのは、このことを明らかにするためだったと思う。渡辺先生も同じだった。というのもこの年に渡辺先生は米国の栄養療法のアデル・デイビスの名著「レッツ・ゲッツ、ウエル」を訳している。
「そう言えば今村さんはどうしているんだろうねェ」
一昨年にMWレポートの本を出して以来、昨年は一冊も本を出していない。あの人のような人はもっと活躍してくれなければ、ということらしい。そういわれてみれば最近とんと噂を聞かない。
「本当にどうしているんでしょうね」と相槌を打った。
ところがこの頃、当の本人は房総半島の先端の館山にいて、毎日釣り三昧の日々を過ごしていたことがすぐに分かった。数日後の午後に会社に帰ると、今村が立ち寄ったという。
なんでもカツオを釣って、鰹節を作っていると自慢げだったという。相変わらずの変人ぶりだ。さらに館山からオートバイで来たというから驚いた。さぞ大変だったことだろうと思ったが、よく聞くと、来たのは大田区上池台の自宅で、その前日に館山から内房の道路を辿って金谷に出て、そこで東京湾フェリーで三浦半島の久里浜に渡り、さらに横須賀、横浜、川崎を通って、東京の大田区の上池台にある実家までたどり着いたようだ。
何時間かかったのかは知らないが、さぞ大変だったことだろう。確か、そのころ今村は自動車の免許を持っていなかった。当然、自動車も持っているはずがない。
「木村君に釣りに来いって言ってたよ」と葛西博士。
これが館山に誘われた最初だが、それ以降、幾度となく誘われることになる。
そんな話をしているところに編集長が帰ってきた。私に気づいて、話があると会議室に連れて行った。そしていきなり、驚くべき話を切り出した。
「言い辛いんだが、上田さんの本出すのを止めることになったよ」という。
えェ!えェ!えェ!である。止めるっていうことは、出版しないということかと問うと、その通りだという。部屋はクーラーが効いていただが、顔から汗が噴き出した。
「嘘でしょう」と言ったが、本当だという。だって上田さんはあんなに本になることを喜んで、社長や編集長に感謝までしているのに、それをここまで来て止めるなんて、私はとてもではないが言えない。
「てめえら人間じゃあねえや!叩き切ってやる」
思わず、テレビ時代劇『破れ傘刀舟悪人狩り』で萬屋錦之助演ずる蘭方医刀舟の名セリフを思いだした。
(ヘルスライフビジネス2019年2月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)