マネキンさんの売り上げは半端じゃない(118)
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立ち寄った三越の健康食品の売り場には白衣を着た女性が立っていた。近くで見ると年の頃は30半ばくらいだろいうか、なかなかの美人である。おばさんばかり見慣れているので、どうもそう見えるのか。
「清水さんはいらっしゃいませんか」というと、当惑した風で「どちら様でしょうか」という。清水さんはこの売り場の主のような販売員のおばさんである。当然美人ではない。氏素性を告げると、お昼ご飯を食べに行っているという。10分くらいで帰るというので待つことにした。
彼女の前には白いクロスの掛かった小さな台が置かれ、その上に製品が乗っている。メーカーに販売促進のために雇われたマネキンの女性だ。待つ間、棚の製品をあれこれ見ていたが、彼女は気になるのかこちらをちらちら振り返って見る。まさか警戒しているわけでもあるまいが、目が合うたびにやはりいい女だと思う。ふくよかな丸顔で、目がぱっちりとしている。暇な時間帯で客が来ない。手持ち無沙汰にしているようなので声を掛けてみることにした。
「お客さんの反応はどうですか」というと「まずますです」という。彼女たちは試飲試食のキャンぺーンもするが販売もする。製品は売り場に置くだけでは売れない。そこでメーカーは販売力のあるマネキンを抱えて、売り場を一定間隔で巡回させる。これがバカにならない売り上げになることをちょっとしたきっかけで知った。
百貨店の売り場の売れ筋商品の情報を毎月紙面で紹介する。そんな企画が編集会議で持ち上がった。そこでどうやって情報を取るかということになった。売り場を仕切っているのは5社の問屋である。その担当者に相談することになった。最初はそれぞれの問屋の担当者が毎月各1店ずつ売り場の売れ筋をまとめてくれることになった。
企画が始まって、読者の間でちょっとした評判になった。店で売ってもらっている企業にとって自分の製品が出てくるかどうかは毎月気になるところだ。経営者ならばなおさらだろう。そうなると営業の担当者はこのランキングの結果を戦々恐々として見るようになった。
しばらくすると、製品を納めている企業から問屋の担当者が不正を働いているという声が聞こえてきた。売れ筋商品を操作しているというのだ。「なんだったら、お宅の製品入れましょうか」といわれたらしい。
誰が言ったのかだいたい見当はついた。しかしそれは伏せて、直接店にこちらから連絡を入れて聞くことにした。売り場の人には迷惑な話だが、きちんとした人が多かった。電話する頃には、ちゃんと集計ものを用意してくれていた。
これを見ていると、突然ランキング入りしてくる商品があることが分かった。多くの売り場でそうなるのはたいがいテレビや雑誌の影響だった。しかし特定な店だけある製品がランキングするのはマネキンさんのせいである。
さて売り場だが、マネキンさんと私が話していると、もう一人、白衣を着たおばさんがやってきた。
「あら~!久しぶり」
甲高い声が響いた。酵素の販売会社のおばさんだ。会社でも会ったことがあるが、売り場でもたまに会う。人はいいが、えぐいおばさんだ。名前は忘れた。
「そうよ。この前もそういってた」
互いに利害がないので正直だ。それはそうと入れ替えにマネキンの女性が昼に行った。
「あの子はだめよ。結婚しているから」
別に口説いていたわけではない。なのに、それよりもうちの娘をどうだという。
「気立てが良いのに、売れ残ってるのよ」
これ以上いると何を言い出すか分からないので、逃げ出すことにした。
(ヘルスライフビジネス2019年3月1日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)