日本人の大半がちゃんと栄養を摂れていない(125)

2025年1月21日

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夏休みが終わる頃、渡辺先生がふらりと編集部を訪れた。市ヶ谷にあった協会に行った帰りだそうだ。先生はこの頃、全日本健康自然食品協会という唯一の業界団体の顧問になっていた。

「葛西君はまだかい」と私に聞く。行動予定を記入してあるボードを見ると、東京大学と書いてある。予定ではそろそろ帰って来るはずだ。

「それでは冷たいものでも貰おうか」と待つようだ。会議室の椅子に陣取った先生は私に時間があるかと聞く。「まあ」と曖昧な返事をすると、そこに座れという。またお説教かと身構えたが、そうではなく葛西博士が東大に行っている訳を話し始めた。

「彼は豊川さんに会いに行ってるんだよ」という。

豊川さんとは東京大学医学部助教授の豊川裕之さんのことだという。渡辺先生がこの人に注目したのは、お茶女子大学の福場さんが送ってくれたNHKの「日本型食生活のすすめ」のムック本を読んでからだという。私も豊川さんが書いているのは知っていた。

確か福場さんの文章の前に豊川さんの文章があった。それで思わず「本で見ました」と言ってしまった。この「見ました」がいけなかった。さっそく「読んでないなァ」と来た。確かに読んでなかった。「本は読まないと意味ないよ」といわれた。その通りで、ぐうの音も出ない。

そこに運悪く岩澤君が帰ってきた。そこで先生は福場さんから送ってもらった本があるかと彼に聞いた。すると岩澤君は「ああ、あれですか」というポツリという。

その本は福場さんから私宛に送られてきた。パラパラとめくって、こういう本は葛西博士が担当だと押し付けた。渡辺先生から電話があったのはその後だ。どうやらみんなで読めと言うことらしい。

それで葛西博士はまじめに読んだ。そしてたまたま居合わせた岩澤君にそれを渡した。しかし彼は忙しいので、読まずに宇賀神さんに渡した。ところが、読もうとした彼女も昼飯を食べに入ったそば屋に置き忘れた。気が付いて、取りに帰ったがあとの祭りである。誰かが持ち去ったようで、影も形もなくなっていた。結局、葛西博士以外は誰も読まないうちに本はどこかに消えたのだ。

岩澤君は近くの書店で取り寄せてもらっているので数日中には手に入りますと悪びれずに話す。そで葛西博士を除いて編集部に豊川裕之さんを知る者はいなかった。

「しょうがないわねェ」と言いながら、それでもこの不肖の弟子に渡辺先生は話し始めた。

豊川さんの文章のタイトルは「健康づくりと正しい食事」だそうだ。内容はこれからの日本型食生活はどのようにあるべきかを書いた10ページほどの文章だった。渡辺先生が注目したのは最後のところの「国民栄養調査」の栄養の摂取量の分布を示しているところだ。

文章には「栄養素別摂取量の度数分布」としてエネルギー、たんぱく質、カルシウム、鉄、ビタミンA、B1、B2などのグラフを掲載していた。これを見るとエネルギーやたんぱく質といった多量栄養素は過剰な人の割合多く、カルシウムは摂取不足の割合が飛びぬけて多いことが分かるそうだ。

豊川さんは文章の中で、適正な栄養の摂取をしている人はどの栄養素についても1/3以下だと指摘している。さらに、国民の半分以上はどれか一つ以上の栄養素が不足しているそうだ。そして「日本人の平均値が栄養所要量に達しているといっても、まだまだ安心できない」と警告しているという。確かに慧眼である。

「今まで摂れていな人がこんなにいることを国は明らかにしてこなかった」と渡辺先生、けしからんというわけだ。

国の栄養政策は一日に必要な栄養素の量を「日本人の栄養所要量(日本人の食事摂取基準:2005年以降)」で定め、実際に食べている食品の栄養成分の含有量を示した「日本食品分析表」を使って計算し、それが実際に摂れているかを「国民栄養調査(国民健康・栄養調査)」で毎年調べる。しかし実際に摂れているかどうかは平均値で表わされる。平均値以下の人、以上の人はかなりいる。

「これでは多くの人が切り捨てられてしまう。豊川さんはそのことを指摘している」

(ヘルスライフビジネス2019年6月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第126回は1月28日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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