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乾杯の音頭を取りながら上田さんが倒れた(135)
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パーティが始まったので、私は会場を抜け出して入口の受付に移動した。今年入社した女性社員とアルバイトだけでは心もとないと編集長がいうからだ。確かに遅れてくる客が少なからずいた。その中に顔見知りが何人かいた。
「木村さん、顔が広いんですね」と女子社員の佐藤さんがいう。なんか褒められたようで、気分がいい。俺に気があるのかなとも思う。根拠のないことはない。バレンタインの日にチョコレートもくれた。当然、義理チョコだろうとは思っているが、もしかして…とも思う。ポジティブシンキングというのか、楽天的というのか、あきれたものだ。それでもイチかバチか声を掛けた。
「今度、お酒でも飲みに行かない?」
当然良い返事が返ってくると思っている。しかしきっぱり、「結構です」と言われた。後で知ったことだが、彼女には付き合っている相手がいたのだ。
ちょっとだけ傷ついた。しばらく沈黙が続いたが、そこに知り合いの業者がやって来てた。これで救われた。
「いやア、遅れちゃって」と名刺を出した。名簿のチェックをしていると、パーティ会場のドアがいきなり開いた。そして血相を変えた編集長が飛び出して来た。その様子を見た途端、何かが大変なことが起こったに違いないと思った。
「どうしたんですか」というと、思いもしない言葉が飛び出した。
「上田さんが大変だ!」
といわれても、此方には訳が分からない。
「落ち着いて話して下さい」というと、「倒れたんだ」という。それですべてを理解した。おそらく心臓発作をおこしたのだろう。聞くと、乾杯の音頭をとるためマイクの前に立ち、乾杯!といって、グラスを高々と上げたまま、崩れ落ちるように倒れたのだそうだ。
それで今どうしているのかというと、心臓マッサージをしているそうだ。
思い出したように、「救急車!救急車を呼んでくれ!」と叫んだ。こういうときに限って、私は鈍いというのか修羅場に強いというのか、変に腹が座って慌てない性質だ。
すぐに階段に走り下りてホテルのフロントで手配してもらった。しばらくすると、遠くでピポー、ピポーとうサイレンの音がして、やがて担架を持った救急隊が入口から入って来た。「2階です」というと2名で階段を上がって行った。
しばらくすると上田さんを乗せた担架と救急隊員を先頭に、参加者がぞろぞろと出てきた。担架のわきには付き添うように渡辺先生と園田社長がいた。ホテルの玄関にはすでに救急車が止まっていた。後部のドアが開け放たれて、そこに上田さんを乗せた担架が運び込まれた。救急隊員が何か言っている。おそらく関係者の人が乗って下さいと言っていたのかもしれない。
渡辺先生が、「木村君いきなさい」という。一瞬、たじろいだ。なんで私が行かなければならないのか。私の心を見透かすように、渡辺先生がさらにいった。「他の人はパーティもあるし、展示会もある。行けるの君だけだ」
確かにそうだと思った。さらに「病院に着いたら電話をよこしなさい。すぐに駆け付けるから」と。この言葉で安心した。乗っていって、連絡をするだけで良いと思うと、心が落ち着いた。
思い切って車の中に乗り込むと、ドアが閉まると、ピポーピポーと再びサイレンが鳴りだした。救急車はゆっくり動き出し、御茶ノ水の駅へ向かってゆっくり坂を上りだした。社内では隊員の心臓マッサージが始まった。1、2、3、4、と隊員の声が響く。数えながら心臓の辺りに両の手を添えて、マッサージをしている。ところが聖橋を渡って東京医科歯科大学の辺りの差し掛かったところで、その手が止まった。そのことでおそらく亡くなったのだと思った。
(ヘルスライフビジネス2019年11月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)