漬物を食べて「すっごいわァ~」と叫ぶ(73)

2024年1月23日

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展示会の朝になった。東京国際見本市会場というのが正式な名称だったが、この中の一番小さな南館では朝早くから、準備に追われる出展企業の人たちでにぎわっていた。我々主催者は事務局と書かれたカードを胸に付けて、入り口付近で受付の準備をしている。我々に気付いた顔見知りの企業の人たちが次々に声をかけて行く。

「おはようございます!」

「ご苦労様!」

誰の顔も生き生きとしていた。晴海で展示会が出来ることは企業にとっても晴れがましいことだったに違いない。

入り口で受付担当のアルバイトの女学生に事務局長の葛西博士が訓示を垂れている。

「ちゃんと大きな声であいさつすること」

いつも自分が言われていることだ。さらに入場券に必要事項が記入していない場合は、名刺をもらって券にホッチキスで止めるという。

「そんなことしていいんですか」といつもながら受付担当の川原田さんが異議を申し立てる。この人は何でもかんでも文句を言う。性格なので仕方がない。ただし名刺にバチッとホチキス止めされていい気持ちの人はないといわれてみれば一理はある。しかし客は次から次に来るに違いないと博士は考えた。そんなときにいちいち書いてもらうわけにも行かない。

「仕方がないんだ。こういう場合は…」とため息をついた。所詮は川原田のおばさんの短慮も短慮、浅知恵、猿知恵だ。僕はそんなことはとうに考えた。しかしさんざん考えた末に出した結論なのだと言いたいのだ。

10時前に会場の入り口でオープニングセレモニーが始まるとのアナウンスがあった。それで受付前に出展者が集まってきた。胸に大きな赤いバラのリボンを付けた園田社長がマイクの前に立ち、主催者を代表して挨拶した。そのあと、ゲストとして米国から来てもらった全米栄養食品協会(NFFA)のローズマリー・ウエスト会長、唯一の業界団体だった全日本健康自然食品協会の中村理事長らがテープカットした。

取材陣のカメラが一斉にフラッシュが点灯した。写真班の私は自前のニコマートに28mの広角のレンズを使いその瞬間を収めた。なかなか臨場感のある会心の写真が撮れたと悦に入ったことを覚えている。当然、その写真は次号で新聞の1面をでかでかと飾った。

さてセレモニーが終わると、いよいよ入場が始まった。受付に長い列ができていた。園田社長を先頭にゲストを案内しながら会場を回り始め、写真班の私もこれに続いた。

会場を回り終えたら、園田社長がゲストを2階に連れて行きたいという。また編集長との間でひと悶着が起きた。編集長の主張はこうだ。ウエスト会長は健康食品の展示会のために呼んだのだ。2階の漬物の展示会のためではない。

揉めているのを見て、ウエスト会長が理由を知ったようだ。漬物という日本の伝統食を見てみたいと言い出した。ゲストが言うなら仕方がないということになって、園田社長とウエスト会長と写真班の私の3名で、2階の漬物の展示を回ることになった。

2階はやはりワンダーランドだった。沢庵漬けや白菜漬け、キュウリやナスの漬物が各コマに展示されていた。中には天上からわかめや昆布、スルメを吊るしたコマなどもあった。しかものぼり旗を立て、半てんを羽織った出展者、漬物の漬け方の講習会を実演するおばさんなど、これから来るであろう客を待ち構えている。えらいこっちゃ、場違いなところにゲストを連れて来ちゃったと身が縮む思いがした。

しかし恐る恐るウエスト会長を伺ってみると意外に楽しそうな顔をしている。その辺りには漬物の匂いや臭いが充満していたが、苦になるような様相もない。楊枝に刺した漬物を業者が差出した。それを恐れもなく口に運ぶとあの言葉を吐いた。

「マーバラス!」

解説するとアルファベットではmarvelousと書く。正確にはマーヴェラスと言うそうだが、我々にマーバラスとしか聞こえない。「驚くべき」「すばらしい」という意味だ。米国では素晴らしいという言葉は「Good」、「Great」、「Wonderful」、「Excellent」などという言葉を使いそうだが、その最も強い表現がこの言葉だそうだ。このおばさんは漬物を食べて、「すっごいわァ~」と叫んだことになる。なんだか変な感じだ。

(ヘルスライフビジネス2017年4月15日号「私の故旧忘れ得べき」本紙主幹・木村忠明)

※第74回は1月30日(火)更新予定(毎週火曜日更新)

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